極楽金魚/鏡のキューピッド


'98年8月28日〜30日
恵比寿エコー劇場


[極楽金魚]

四国にある場所で伝わる病気の子に添い寝させると病気も不安をも吸いとってくれて、朝に海に流すと言う「奉公さん人形」に纏わる話し・・・
昔、おさきと言う貧しい家の娘が居た。家が貧しい為に、長者に奉公人として買い取られいった。
しかし、おさきは長者の家に大々伝えられていると言う「ちょうてんがん(表記不明)」と言う黄金の金魚を拝みたいと言う願いを持っていたので、身の不幸とは思ってませんでした。
ある日、長者の長男である太郎が重い病にかかった。しかしどんな治療を行っても回復の兆しが見えない。
長者は太郎の回復を願い、山の巫女の言うままに、病気の根元であると言う太郎に憑いたイズナを太郎から追出す為に
おさきを生け贄する事を考えた・・・(文責:だめ助)

脚本:遠藤琢朗
演出・振付:森田守恒
音楽:玉麻尚一

出演
おさき:酒匂瑠李
長者:斎藤 由香子
太郎:白石陽大

山口晴子(客演)
岸田有子(客演)
伊藤有希
山田有紀子
澤本華世子
奈良綾佳


[鏡のキューピット]

葉月はイジメられっ娘でやや人生に投げやりな女の子。そんな葉月が夏休みにバイトを始めた。
しかし、バイト仲間の諄と言う男の子に淡い好意を持っているのだが、バイト先でドジばかりして、
他のバイト仲間と一緒に馬鹿にされていた。
そんな自分に葉月は自己嫌悪に陥り、自分に対し「むかつく」と鏡に向かい呟く・・・
そこへ百合華と言う少女が現れ、境遇・性格が対照的な二人が引かれ会って意気投合し、
付き合う中で、お互いに影響を持ち始めた。
そんな時、諄の唐突の愛告白で葉月はイロメキ立つ。それは千秋の陰謀だったが・・・(文責:だめ助)

脚本・演出:犬石隆
振付:小川こういち・森田守恒
音楽:玉麻尚一

出演
葉月:小山菜穂
百合華:加藤裕月

諄:江口舞
千秋:立川洋美
真菜美:古賀久美子
碧:斉藤由香里
香野:佐藤梨恵
亜矢:駒谷舞


「極楽金魚」は、初演は1967年と言う私が生まれる前で、それ以来、いくつもの劇団で数回再演され海外でも上演された作品と言う
初演の振付が森田守恒氏のお父様の森田真弘氏であった縁からか、今回はミクロコスモス版「極楽金魚」として上演されました。
しかし、この作品の話しに出てくる長者は残酷と言うか惨忍です。はっきり言って鬼です。いや鬼畜だね(笑)
親のエゴ丸出しで、これ極まれりって感じです。
金で買った娘とは言え、太郎の病気(憑き物)を移させた挙げ句、おさきを海に捨て焼き殺しちゃうんだから
長者と太郎はおさきに対して感謝の言葉さえなかったし・・・それで良いのかい(笑)
日本の昔話って残酷な話が多いけど、教訓を伝える為の喩話だったりする事が多いのだけれども、この話は救われないと言うか、残酷なだけです。
おさきが「ちょうてんがん」に生まれ変わって(?)天に昇っていった(成仏か?)のが救いと言えば救いですけどね。
まぁ、夏の夜に観劇するにはちょうど良い恐いお話でした。
さて舞台の出来としては、よく出来ていたと思います。
効果音(出演者の声で出したりもしていましたね)や生演奏が、雰囲気を盛り上げていきましたし、小物や被り物の舞台美術もよく出来ていたと思います。
しかし、人形と生の人間と組み合わせた芝居って、とても新鮮でなんとも言えない雰囲気でした。なんとなくクセになりそうでした(笑)。
それに、おさき役の酒匂瑠李の迫真の演技は見事の一言でした。とくにイズナに取り憑かれた場面の所は見事でしたね。
全体的に幸薄い純真な少女の雰囲気が醸し出されていましたし、ホントに良かったです。
あと、伊藤有希の町の巫女役がコミカルで好感を持てました。白石君も頑張っていましたね。

この舞台はミュージカルと言うより音楽劇と評した方が良いのかな!?



打って変わって「鏡のキューピッド」は、「自分探し」のお話である犬石ワールド炸裂って感じでした。
犬石氏の過去の作品のシチュエーションのオンパレードって感じで、犬石作品が好きな方は楽しめたのではないでしょうか?
説明不足と言うか何と言うか一見さんには過酷な(笑)作品では有ったと思います。
私自身も、この作品の意味が完全に汲み取れていませんし、公演プログラムに犬石さんのコメントが載っていますが、その中で「少女は曖昧だ・・・」と述べており
この作品自体が、良い意味で「曖昧の産物」では無いのかな? と思っています。
話しは逸れるかもしれませんが、「鏡に写る自分」ってどう思いますか?
葉月と言う女の子は、イジメられっ子で何事も上手く言った事が無い女の子です。
そんな子が鏡に映る自分を見た時、今の置かれている境遇や思い込みをも映し出して「醜い自分(受け入れられない自分)」に見えるのではないかと思います。
葉月が夏の終わりに、今の自分を受け入れた時「鏡の写る自分」はどう見えたのでしょうか?
それは最後のセリフ「葉月の事大好き!!」で説明が出来ています。ありのままの自分を直視できるようになったのですよね。
だからこそ、対照としての象徴であった百合華は、実は葉月の有りのままの姿の象徴であり、葉月が本来の自分に気が付き始めた時、
百合華の存在は、葉月の世界(?)から消えなくてはならなかった。(だからって自殺しなくても・・・)
まぁ、百合華の自殺は親から愛されない等の理由もあるのでしょうけどね。
(脚本・演出家の意図とは違っている可能性高し)

この話って百合華役の加藤裕月の存在が大きいですよね。少女性と言うか可憐で舞台映えが凄くします。
加藤が舞台に立っているだけで、舞台その物の雰囲気を作れるのです。今後も彼女に期待です。
主役の小山菜穂は、言葉のキャッチボールが多い役で難しい役だと思いましたけど、ベテランの貫禄で無難にこなしていましたね。

それにしては、マイクを極力使わない生声での舞台って、たまには良いですね。


今後のミクロコスモスの公演は大注目です。次回公演が待ち遠しいですね。


文中にて<敬称省略>をさせて頂きました。